2005年度 第3分野講評
審査員: 中川朋子(東北工業大)・中村 匡(福井県立大)・藤本正樹(東京工業大)・吉川顕正(九州大)
●総評

審査員A
 研究に当たっては、先人と同じ解析手法を用いる場合もあると思いますが、何が未解決の問題なのか、それがなぜ重要なのかを意識しないと「同じ解析をしました、前の論文と合いました、違うところもありました、理由はこうだと思います」というだけで終わってしまう危険があります。今回、これに近い発表がいくつかあったのは残念でした。解析の手順は先行の論文に従うものであっても、自分はどう考えるのか、そのため何を検証すべきなのか、疑問を立て直しながら進む必要があります。プレゼンテーションの導入部の準備は、何が問題かを考え直す良い機会です。未解決の問題の重要性を聴衆に共感してもらえるようなイントロダクションを心がけると良いです。受賞論文には、明確な問題意識が感じられたものが選ばれました。
 今回、ポスターの発表は良く準備してこられたものが多く、改善がみられました。

審査員B
 毎度のことですが、予定調和的な、或いは過去の研究のこの部分を発展 させた、突き崩したといった研究が多いというのが第一印象です。どの発表も基本的なレベルは高いのですが、それだけでは迫力は伝わってきません。取りあえず与えられたテーマをこなしている人も多いででしょうが、研究をつうじて身につけた、他人に絶対負けないものの見方・考え方・フィロソフィーをもっとアピールしてもらえばと思います。その部分を諸兄に叩かれることが、研究を一流にしていく一番の近道ではないでしょうか。また、語りたいことが多い故にてんこ盛りが過ぎ、せっかくの研究成果の焦点がぼやけてしまう傾向の発表が多々見受けられました。包括的な視点で内容を整理し、よりシンプルな切り口の発表を目指すことが、より本質的な理解へとつながるのではないでしょうか。

審査員C
 前年に続いて全体のレベルは高く,本学会の将来を考えると頼もしいかぎりです。ただ,昨年よりも,作業をしました,というだけの発表が目だった気がしました。たとえば観測やシミュレーションなどで,「このパラメーターが変化すると,こっちのパラメーターも変化することがわかった」というような結論をいくつかみかけだが,それは単なる事実の羅列で,面白い科学ではないと思います。

審査員D
 京都はしばしば訪れるのだが街を歩くほど時間がある機会はそれほどなく、今回数年ぶりにそうしてみて驚いたのは「町屋ダイニング」の多さであった。町屋が魅力的な雰囲気を持っていることには気づいていたが、以前は関心の持てない商品を扱う、あるいは何をやっているのかわからない店であることがほとんどだった。それらが最近、タパスバーやらリストランテやら居酒屋に次々と改装されているらしい。世代交代が勢い良く進んでいるのであろう。もっとも最初は町屋とダイニングという組み合わせの珍しさだけで客入りがいいだろうが、これだけ多いと、やはり、本物だけが残っていくのだろう。
 この流れで今回の学生発表の全体講評を述べる。というのも、今回の受賞者は、(1)新しい観測機器開発、(2)シミュレーション結果の丹念な解析、(3)埋もれていたデータの掘り起こし、(4)データの徹底的解析、という点が高く評価された5名であったからである。こういう評価は本人たちには不満があるかもしれないが、「町屋」に喩えることの出来る魅力的な基盤の上に、しかしそこに胡坐をかくことなくsomething elseを加えていく姿勢が心強く評価されたのだと思う。そして、本物だけが生き残っていくのだ、ということも繰り返しておきたい。
 「町屋」がなければ評価されない、ということが言いたいのではない。むしろ、「町屋」に胡坐をかくことを戒めたい。「胡坐をかく」、あるいは、「世代交代」、から思い付いた指導者層への質問として、講演では研究成果に加えて、表面的で陳腐なスローガンではない、立場に相応しく見識の高い、大きく実を結び得るメッセージも発信しましたか、も付け加えておこう。

●メダル受賞者への講評

A22-P016 今田晋亮
 今田さんの研究はGEOTAIL衛星観測、数値シミュレーション、さらにクラスター衛星群による観測を有機的に用いて磁気リコネクション領域での高エネルギー電子の加速加熱のメカニズムに迫ったものである。観測の重ねあわせから高エネルギー電子フラックスがx点より地球側に偏っていることを示した後、シミュレーションによって電子の加速される過程を追跡、非断熱的加速の重要性を明らかにした。更に自分が置いたさまざまな仮定に疑問を投げかけ、仮定なしに構造を知るため、クラスター衛星群を用いて描像の正しさと加速の場所、リコネクション域の移動までを示すことに成功した。研究を通じて強い問題意識と主体性、あらゆる手段を使って問題に迫ろうとする意欲が感じられた。

B12-05 笠原 慧
 今までの粒子観測ではギャップとなってきた中間エネルギー帯(10-200keV)で速度空間分布を計測する装置の開発について発表。その科学的意義を述べ、これまでの観測データの限界を示し、「きちんと測る」ということの定義をはっきりさせるなど、専門家以外にもわかりやすいイントロがあった。さらに、内容も、全体のうちの静電分析器(ESA)部分を開発したこと、カスプ型という新たなデザインが数値設計で満足できるスペックだったこと、試作実験で設計通りの結果を得たこと、残る課題は耐圧試験と紫外線試験であること、とわかりやすい構成であった。チャレンジングな発表内容と専門家以外へのアプローチを意識した発表スタイル、いずれも機器開発分野における新世代の到来を感じさせる。

B42-07 新堀淳樹
 あけぼの衛星で取得された電場データを用いて、磁気嵐時各相に於ける 電場の空間構造を綿密に調べることにより、磁気嵐時に於けるプラズマ圏ダイナミクス・密度変動も同時に理解することを試みた意欲的な研究である。特に、磁気嵐主相時に於けるグローバルな対流電場の一様な増強という従来的な猫像とはほど遠い、電場構造の空間的非均質性、非対称性の性質を明らかにしたことが高く評価された。今後の、磁気嵐時に於ける放射線帯粒子の生成・消滅機構解明に向けた展開が期待される。

A12-05 藤本桂三
 藤本氏は自前で開発した高度なシミュレーションコードを研究に使っているが,ありがちなコード開発への埋没という落し穴に落ちることなく,リコネクション領域周辺の物理過程を詳細に明らかにしている。現象を提示し,それに対する仮説を立て,ひとつひとつ状況証拠を提示して説得して行く発表は,良質の推理小説の謎解きを読むようで気持良い。今後もこのスタイルで様々な物理過程を明らかにしていくことが期待できるが,望むらくは大きくて本質的な問題にとりくんで欲しい。推理小説のたとえで言うと,チンピラの小悪人ではなく大事件に挑むことが望まれる。

A22-P070 山田 学
 あけぼの衛星に搭載された低エネルギーイオン質量分析器による約11 年間に渡る観測データ40万例を用いて、イオン流出経験モデルを構築している。観測値は、不変緯度、太陽黒点数、通日、KP指数、高度、磁気地方時の関数としてフィッティングされているが、その係数決定方程式の構成に大きな工夫と、努力の跡が見られる。結果として、素晴らしい経験モデルができあがっており、IRIモデルにプラグインされる日も近いのではなかろうか? 素晴らしいモデルは作った、今後は素晴らしいサイエンスへと展開していくことを期待する。

●優秀発表者への講評

B11-05 永田大祐
 極域境界へのイオンの降り込みを精密に解析することから、PBI(Poleward Boundary Intensification)と呼ばれる現象が磁気圏尾部リコネクション領域から伸びるホール電流ループによるものであると推定。また、イオン速度空間分布の解析からリコネクション領域の移動速度を推定。いずれも重要な結果であり、今後の発展が楽しみ。

B12-06 桂華邦裕
 リングカレント領域における10~200keVイオンの振る舞いの時間変化をIMAGE衛星のHENAデータから、Inversionに頼らない方法で見ることに挑戦した。ENAフラックスの特性を考え、視線方向が都合よい時はL=4~5からの寄与が卓越するとし、その場合HENAデータからそこでのイオンエネルギー分布を得た。今回は過去のin-situとの比較で終わっていたが、今後の発展に期待。

A12-10 三宅洋平
 プラズマ中の電場観測にとって重要な、光電子環境下での電界センサー特性の問題に正面から取り組み、衛星片側のみ日照片側日陰という状況下で、背景磁場なしの場合や背景磁場がセンサーに垂直あるいは平行の場合について、センサー特性や両センサーの電位差の挙動について現実の衛星に応用しうる成果を上げた。地道ながら宇宙プラズマ観測の基盤を支える研究として評価したい。

B41-05 山本和憲
 グローバル計算結果と観測結果の融合表示に挑戦。直接比較は無謀であるということで、今回は観測データのみ表示であり、しかも必ずしもツールの機能が十分に生かされた研究になっていなかった(トピックを選択していなかった)のは残念であったが、融合表示という試みのポテンシャルは高く評価したい。直接比較が無理というのは観測点とそれに対応するグリッド点の一対一比較は無謀ということであって、その点を修正して融合表示の枠組みでトライして欲しい。この汎用性の高いツールの狙いからして、うまくいきそうなイベントに関する情報を寄せてもらうなど、周囲を巻き込むことも必要。

B42-01 宮原ひろ子
 年輪中の炭素同位体からマウンダー極小期にも太陽磁場が反転していたことを明確に示し、ウェーブレット解析によりその周期も明らかにした。丁寧な実験により明解な結果を得ていることが評価できる。

●新しいことにチャレンジしていた学生さんたち
 現時点ではまだ自前の観測ではなく、独自の成果を挙げるまでには至っていないが、中尾昭さんの低エネルギー中性粒子による遠隔イオン観測、平井真理子さん、村地哲徳さんの磁気圏プラズマEUV画像など、これまでになかった新しい種類の観測データを解析したものが見られた。これらの新しい観測に加えて、山本和憲さんのバーチャル3次元可視化データベースにも、従来の解釈の枠組みにとどまらず、新しい手法から新しい発想を生み出せるよう発展を期待したい。