2006年度 第1分野講評
審査員:行武 毅、清水久芳 (東京大学)
●総評

 一通り発表を聴いて、新分野を意欲的に開拓しようとする研究がいくつもあったことは、心強くまた大変嬉しい事であった。岩石磁気・古地磁気分野を例にとってみる。古地磁気学といえば岩石磁気学の研究成果を基礎に地球磁場の過去を研究するのが主要な流れであった。しかし今回の発表の中には同じく岩石磁気学に基礎を置くとはいえ更に手法を掘り下げて太陽系の起源磁場や微惑星時代の宇宙空間磁場を究めようとする新しい息吹を感じさせる研究や岩石磁気学の応用分野の開拓拡大を目指す研究などがあった。しかもそれらの研究に学生諸氏が積極的に、場合によっては主導的に取り組んでいる様子が窺えて頼もしい印象を受けた。
 またほとんどの研究がプロジエクトの一端を担う研究であった。この場合共同研究者として最先端の研究の一翼を担うために必要な知識と技術の修得がまず必要になるが、この点ではどの発表者も合格点であった。しかしプロジエクトを成功させ,更に発展させるには共同研究者の個性なり創造性がいかに発揮されるかが重要な鍵になる。学生諸氏は既存の固定観念にわざわいされることが少ないのであるから、伝統的な方法に頼って決まった結果を出す事だけに満足せずまた失敗を恐れず、柔軟な考え方でこれまでの枠組みを打破するような試みを行って欲しい。
 審査の結果、臼井君をオーロラメダルの受賞者と決定し、同時に川村さんと植原君を次点とする。この3発表からは研究意欲・創造性が他の発表よりもより強く感じられた。また、今後期待される応用分野が広く、甲乙付け難かった。わずかの差ではあるが、現時点での研究の完成度とプレゼンテーションの明快さを評価し、臼井君の発表を推すことにした。

●メダル受賞者への講評

A004-P004 臼井洋一
「Exsolved magnetite in plagioclase in granites: significance for magnetic fabric and paleomagnetism」
 岩石磁気学的手法の適用範囲を拡大し新分野の開拓を指向する研究である。これまで、花崗岩性マグマの流動パターンの推定に帯磁率異方性(AMS)を用いた議論がなされていた。本研究はAMSを担う要素と流れ方向に結晶がそろう物質の違いに疑問を持つことから出発し、画像解析とSEMにより、小粒径の針状のマグネタイトのinclusion のみが流れ方向に揃うことを推察した。これを示すために部分非履歴残留磁化異方性(ApARM)に着目し、ApARM測定実験を実施することから斜長石や単斜輝石中の比較的高い保持力をもった粒径の小さいマグネタイトのApARMの alignment が、斜長石、単斜輝石のlinear orientation の方向と一致することを示した。これは、小粒径のマグネタイト inclusion が安定した磁化のキャリアになること、および、バルクで測定できるApARMがそのような磁化の同定に有用であることを示している。マグマ流動問題に対する応用のみではなく、比較的ゆるやかに冷却された岩石を用いた古地磁気への応用等、今後のさらなる発展が期待できる。研究姿勢も極めて意欲的かつ積極的であり、学生賞に相応しいと判断した。

●優秀発表者への講評

A004-P005 川村紀子
「Diagenetic effects on magnetic grain size inferred from geochemical and rock magnetic analyses」
 これまで、海洋堆積物の磁化特性は、磁性鉱物の溶出により、堆積時の磁化を反映していない可能性があることが示唆されていたが、原因は十分に理解されていなかった。本研究は、岩石磁気的特性、溶存酸素濃度などの化学的特性を比較することにより、この原因に迫ろうという、重要かつ意欲的な研究である。琉球海溝から採取された、周辺の化学的条件の異なる表層堆積物の詳細な分析から、保磁力などの磁化特性の深さ分布が 間隙水のEh、pH、および溶存酸素量と同様の分布をすることが示された。これは、溶存酸素量が少ない条件では磁性鉱物が溶出し、堆積物中の磁化が堆積時の磁化を反映していないことを示すものであり、堆積物を用いて古地磁気学的な考察をするためには間隙水の溶存酸素量もモニターすべきであることを要求している。また、本研究の結果は古地磁気分野のみならず、環境科学分野への応用も期待されており、応用分野の広い、極めて重要な研究結果であるといえる。今後も、このような根源的な問題に労力を惜しまずに挑戦する、という姿勢を継続されることを希望する。

A004-P011 植原 稔
「始原的普通コンドライト隕石の再磁化に関する温度―時間関係」
 始原的普通コンドライト隕石の磁化を用いた原始太陽系星雲中の磁場環境を目的とした基礎的な研究である。これまでに植原君は、実験的な研究から、カマサイト微粒子を含むドライオリビンは、磁気的・化学的な変質に強いことを示しているが、さらに現実に即した熱変性条件において、カマサイト粒子の初生的磁化が現在まで残りうるかを、最近作成されたカマサイト粒子のブロッキングダイアグラムを用いて定量的に考察し、比較的高温の残留磁化成分に原始太陽系の古磁場環境が記憶されていることを示した。モチベーションが高く、また、昨年からの着実な進歩がみられ、きわめて高い評価が与えられる発表である。今後の研究の発展に注目していきたい。