SGEPSS-地球電磁気・地球惑星圏学会
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2009年度 第3分野講評
審査員:羽田 亨(九州大学)、森岡 昭(東北大学)、菊池 崇(名古屋大学)、 大村 善治(京都大学)、平原 聖文(東京大学)

●総評
審査員A:

    ポスター発表には二つのタイプがあるように思います。一つは自分の研究について多くの人とdiscussionしsuggestionを得るためにあえてポスター発表を選んだ、というタイプと、もう一つは、どちらかというと現在の自分の研究のstatus report的発表であるため口答発表するまでもないのでポスターにした、というものです。前者は言うまでもなく、積極的で「聞きごたえ」があります。後者は遠慮がちで、伝わってくるものが弱かったり、が少なくありません。「貼りっぱなし」もしばしばです。もっと大切にしてほしいのは後者の講演です。学生のstatus report大いに結構です。学会の場には、完成された研究ばかりでなく、途上研究の発表機会が与えられているのだと捉え、起承転結にあまりこだわらず、大いに自分の目指す研究のねらいと自分をアピールし議論してもらうという姿勢、そしてそうしたプレゼンが求められます。身近な人たちが受賞している学生発表賞をも発憤材料にして、更に自分の研究を高められんことを期待します。
審査員B:
    最近の学生の発表は、オーラル、ポスター共に、論文形式をとり、モチベーションと結論が明快に表現されていて、論旨が明快なものが多い。あえて注文をつけるとすると、指導教員の責になるのかもしれないが、選んだテーマが適切かどうかの検討が不十分なものが見受けられる。大きな目標のもとでいくつかの可能性を検討する過程で、ある特定のテーマに集中することは、普通に見られる手法であり、指導する側は、そのような方針で指導していると思われるが、学生の側も、自分の研究の置かれた位置や意義を考えることが望まれる。将来にとって有益と思われる。
審査員C:
    学問的内容・プレゼンテーションともに極めて完成度の高い発表、一生懸命頑張ってはいるが未解決の課題を抱えて、どこかすっきりしない発表、明らかに準備不足・努力不足の中途半端な発表、がある程度はっきりとわかれ、私の中での受賞候補者点数付けは比較的容易だった。これらの差は、自分の研究をどれだけ楽しんでやっているか、をおおむね反映していると、常日頃思っている。極めて良質のデータと超高性能コンピュータに囲まれて自由に研究ができる学生の特権を最大限利用して、多いに研究を楽しんで欲しい。それから、発表に関して2つ程気になった点があるので、ここに挙げておきたい。1つ目は、先行研究をきちんと示すべき、ということである。自分の研究の動機を明確にするだけでなく、先人の仕事に敬意を払う意味でも非常に大切なことのはずだが、あまり徹底されていないように感じた。2つ目は、よくわからなかった点をごまかすな、ということである。政治的色彩の濃い場ではある程度は「駆け引き」も大事かもしれないが、(少なくとも学生発表では)未解決の課題があったらありのままに問題提起を行い(将来の課題等として)、なるべく多くの関心を持つ人々から意見を求めるほうが望ましいと思う。
審査員D:
    大学院生による発表の質・量とも向上していると感じられる学会に参加でき、幸甚の至りである。国内外での地上・衛星観測計画が複数展開され新規の観測データが豊富に入手できることになりつつあることも背景となっていよう。だが、研究に注力できる環境(時間、設備)を最大限享受し、個々人の領域を超えてお互いに交流することにより研究視野・内容・手法を正帰還的に拡張する理想的な研究体制を、既に大学院時代から実現しているかのようであり、将来への研究基盤が着実に構築されている印象を受ける。一方で、研究内容が高度で洗練されたものになるにつれ、自信が高まり自負が生まれ、特にポスター発表のように相手との相互理解が必要な場面においてさえ、ややもすると発表者の意志を強制され一方的な展開になりがちであることには特に配慮が必要であろう。
審査員E:
    研究課題に関連する過去の研究のレビューが十分にされておらず、自分が取り組んでいる研究課題の学術的意義・新規性を意識していない発表が少なからず見受けられた。指導教員の意見をそのまま受け入れるのではなく研究対象について、自分の力で物理学的な意義を吟味して、深く思考する姿勢が求められる。投稿論文を意識して、そのIntroductionを独力で書いてみるのも効果的であろう。評価においては新規性・独創性を重視した。
●メダル受賞者への講評

原田 裕己
「かぐや衛星観測に基づくプラズマシート電子と月面の相互作用の研究」(S001-08)

    月は満月の前後の時期は地球の磁気圏に入り、月周回衛星かぐや搭載のプラズマ観測器によって得られる電子速度分布関数においても、太陽風中とは異なる密度とエネルギーを持った電子が表れる。磁気圏プラズマシートにはかぐやの月面高度(100km)より大きなジャイロ半径を持つ電子が存在し、磁場が月面に平行な時は、それが月面に衝突吸収され、電子分布関数に禁制領域が表れる。この電子の磁気圏尾部のプラズマシートでのダイナミックスの考察から、磁気圏プラズマシート中の磁場に垂直な電場の推定を行った。新しい電場計測の方法を考案したことを高く評価したい。引き続き、かぐや衛星のデータを最大限に活用して新しい知見を得てゆくことを期待する。
芝原 光樹
「磁気赤道面付近で観測されたイオンButterfly型ピッチ角分布の解析」(S006-09)
    磁気圏内のプラズマは必ずしも等方(isotropic)ではなく、むしろ温度異方性を持つ cigar 型や pancake 型、あるいは更に複雑な butterfly 型など、特徴あるピッチ角分布を示すことが多い。これはプラズマ粒子のピッチ角分布発展が、単にピッチ角拡散だけではなく、種々の特徴ある物理過程を経てきたことを物語るものである。本研究は Tsyganenko 磁場モデルを用いて荷電粒子の運動を数値計算し、非断熱効果により自発的に butterfly 型分布が生成されることを示している。系統的な計算と手際の良い解析により、新しい結果を導いたことを高く評価する。観測結果との詳細な照合、ピッチ角拡散の効果、電場および時間発展する電磁場の効果などを取り入れることにより、今後のさらなる発展も期待できる。
西山 尚典
「れいめい衛星観測に基づくパルセーティングオーロラの降下電子ソース領域と生成メカニズム」(S006-26)
    オーロラ脈動(pulsation)現象は古くから人々の関心を呼び、多くの研究がなされてきているが、いまだに解明されていないオーロラ現象の一つである。特にそのソース域がどこにあるか(磁気圏、電離圏、M-I coupling 域)は、大いに議論されてきたところである。本研究は、これまでの降下電子のtime of flight計測に基づく点源を仮定したオーロラ脈動のソース域特定法に対して、まったく発想を変え、降下粒子を生む波動・粒子相互作用域の空間―エネルギー依存を考慮したソース域同定を行った。結果は、今後確認していくべき点を多く残すものの、大変excitingであり、今後のオーロラ脈動研究に大きなインパクトを与えるものである。
徳永 旭将
「地上観測されたPi 2 型地磁気脈動のグローバルな波動特性解析のための周波数領域独立成分分析の応用」(B006-P018)
    地球磁気圏でのプラズマ・電磁場の変動に伴い、地上磁場観測網や人工衛星でPi2型と呼ばれる地磁気脈動が広範囲で記録されることは良く知られており、サブストームの開始時刻の決定などに活用されている。その反面、その発生機構や地表面までの伝搬過程は未解明であり、地上に多点展開されている地磁気観測網で得られるデータの統括的な解析・解釈が求められている。本研究では独立成分分析(ICA)という新機軸の処理手法をPi2型の地磁気波形解析に導入し、多点観測された出力波形(地磁気脈動)から入力波形(発生領域での元変動)とフィルター効果(伝搬機構による変調)とを抽出し、更には複数の発生領域・伝搬経路が存在する場合でも有効な処理手法となる可能性を示している。本分野の研究全体に及ぼす影響に鑑み、本手法の適用は極めて興味深いものといえる。現時点では最終的な目的であるPi2型地磁気脈動の発生機構・伝搬過程の具体的な議論には至っていないものの、発表者の独創性と地道な研究姿勢、高い遂行能力により、今後の発展が期待される成果が示されているため、受賞に相応しいと考える。

●優秀発表者への講評

井筒 智彦
「Role of diffusion in a boundary region between hot-tenuous and cold-dense plasma sheets: THEMIS observations」(B006-24)

    地球磁気圏に侵入した太陽風プラズマがいかなる過程でプラズマシートプラズマに同化されていくかは、いまだ良く理解されていない問題である。著者は、THEMIS衛星のデータセットを用いてこの問題に取りくみ、地球向きに輸送されているcold-dense plasmaはconvectionに依るものではないことを示した上で、電場、粒子の分布関数、波動データの詳細な検討から、波動による拡散がcold-dense plasmaの輸送に関わっている証拠をcase studyによって示し、さらに、kinetic Alfven波を仮定した理論検討から、観測結果を検証した。この研究は今後さらに詰めていくべき要素を多く含むものの、challengingな取り組みとして評価される。
渡邊 健太
「内部磁気圏探査を目指した高エネルギーイオン観測器の開発」(B006-P002)
    この研究では、ERG衛星による内部磁気圏の高エネルギーイオンの観測を目的に、その搭載機器開発を行っている。特にわが国ではまだ実績のない100keV−1MeVのイオンの質量分析とエネルギースペクトラムを、厳しい放射線帯環境の中で計測するという命題のもと、取り組んでいるものである。本研究は、観測の要求に応える仕様の設定と想定される雑音の除去実現のための対策とに独自のアイディアを取り入れ、モデルを組んだ上でシミュレーション計算によって、様々なパラメータ検討から最適設計を求めていく手法を採用している。いまだ完成に至ってはいないが成果が大いに期待される。またこうした衛星観測/装置開発という枠組みの中で、その科学的意義を理解し意欲的に取り組み、コミュニティに貢献する開発研究は大いに評価される。
北村 成寿
「太陽活動極大期の地磁気静穏時における極域電子密度高度分布の太陽天頂角依存性」(B006-P022)
    極域電離圏からその上部領域におけるプラズマ密度の空間分布は、電離圏-磁気圏結合過程において重要なパラメータとなる沿磁力線電流の強度分布、アルベン波の伝搬速度や電離圏電気伝導度分布を決定するが、この領域のプラズマ密度分布は、実観測データの不足により、これまで明らかにされていない。北村君は、この領域における多量のあけぼの衛星観測データに基づいた、太陽天頂角を関数とする地磁気静穏時のプラズマ密度分布の経験モデルを構築し、高度2000 km付近において電子密度分布が急変することを明らかにした。また、これらの結果に対して、しっかりした物理的考察ができている。今後は、より広い視野で研究の背景の理解を深め、一層大きな発展を遂げていくことを期待する。
辻 裕司
「地上-衛星観測による磁気嵐時の中緯度領域における電離圏電場について」(B006-P033)
    磁気嵐時の内部磁気圏におけるプラズマダイナミクスを理解するためには、内部磁気圏と電磁気的に結合している中緯度電離圏における電場分布の時間と空間変動を捉えることが重要である。しかし、衛星やレーダーによる局所的な観測では、広範な電場分布を得ることはできないため、本発表者は、グローバルな地上磁場変動から電離圏電場を求める手法を開発し、その手法で得られた結果と衛星の実観測結果を比較することで、地上磁場変動から十分な精度をもって電離圏電場を推定できる可能性を示した。更なる工夫・改良が加えられることでこの手法が確立されれば、内部磁気圏の電場分布を高時間分解能で得られると期待できる。今後は、この電場分布を用いた環電流と放射線帯粒子の生成・消滅機構の解明に向けた展開にも注力してもらいたい。
安藤 紘基
「かぐや子衛星2機を用いた月電離層の電波掩蔽観測」(S001-P004)
    月にも存在する可能性のある電離圏に関して、過去のロシアによる観測結果の正否を問うべく、日本独自・初の本格的月探査計画のかぐや衛星と共に月周回軌道を回る2機の子衛星を最大限に活用した研究である。様々な未解明の要因により変動・雑音が混入した電波掩蔽データに対し、出来る限り定量的に、かつ丹念に調査した成果が取り入れられており、時宜を得た研究課題選択と共同研究者との入念な議論のみならず、発表者の努力・工夫が強く感じられる。太陽との相対的な位置関係(太陽天頂角)が月の局所的な電離圏生成を左右する可能性が議論されており、発表方法・説明手順をより工夫すれば、かくや衛星計画による月探査の成果の一つとして世界的に評価され得ると期待したい。

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