SGEPSS-地球電磁気・地球惑星圏学会
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2010年度 第3分野講評
審査員:海老原 祐輔(名古屋大学)、熊本 篤志(東北大学)、羽田 亨(九州大学)、藤田 茂(気象大学校)、松岡 彩子(JAXA宇宙科学研究所)

●総評
審査員A:

    Space scienceは50年を超える歴史を有し、現在行われている研究は過去にその萌芽があったことが多い。今回オーロラメダルや優秀発表賞に選ばれた発表では、先行研究の内容を自分の中で十分にこなし、それを分かりやすく伝えていたことが印象に残った。一方、自分の研究の意味付けを、指導者の言葉をうのみにせず、自分のことばで語る努力をしてほしいと感じる発表も散見した。とはいえ、昨今の学生さんのプレゼンテーションの技法はかなり向上してきたように見える。その技法を磨きつつ、今後我が国において科学研究をめぐる環境はより厳しくなることが予測されることから、そのような状況を生き抜いていくために、若い間に、自分の考えを分かりやすく相手に伝える訓練を十分にしてほしい。得られた発表の技法は、たとえspace science分野の研究に進むことがなくても、他の分野でも活かすことができるはずである。
審査員B:
    研究内容・プレゼンテーションともに優れた発表が数多く、受賞者を絞り込むのがとても難しかった。最終的には第3分野でオーロラメダル4名、優秀発表者6名となったわけであるが、その区分は紙一重、また名前のあがらなかった発表の中にも強く惹かれるものが数多くあった。この背景には、研究環境の充実、新しく魅力的なデータ、的確な指導などによる研究内容の全体的なレベル向上があるように思われ、頼もしく感じられた。また、プレゼンテーション技術に関しても高いレベルにあり、整ったスライドが有効に使われた口頭発表が多かった。一方、これまでにも指摘されてきたことであるが、先行研究の明確な呈示がおろそかになっている例が、未だに多いように感じた。先人の仕事に敬意を払うだけでなく、自分の研究の動機を再確認する意味でも非常に大切である。さらに自分自身の研究であっても、「前回の学会ではここまで発表しましたが、今回はその発展として次の点を議論します」など、明確に進展を示すことにより、自身の研究の最前線の部分について集中した議論が行えるよう題材を提供すべきである。新しいスライドは2枚だけ、あとは前回のスライドの順序を入れ替えて、などという秘策で世の中を乗り切る術を、若いうちから身につけるべきではない。自分の持つすべてをさらけ出し、常に真剣勝負で望む覚悟があれば、自ずと内容も充実してくるはずだと信じている。
審査員C:
    質的に優れた発表が多い中で、学生発表賞(オーロラ・メダル)を選ぶ作業は極めて困難であった。そもそも、研究分野や研究手法の異なる発表を同じ基準で評価するのは不可能である。「学生発表賞」であることを鑑みて、私はきらりと光っていた発表を推薦した。光る発表とは何か。それは、明らかになった点、問題となった点、工夫した点など、伝えたいメッセージを自分の言葉で明解に発信できたかである。自分の言葉でメッセージを発信できたかどうかは、研究の背景を理解し、研究に主体的に関わってきたかどうかを如実に反映している(と思われる)。自分の考えを第三者に対して論理的に説明することは、学会だけではなく、社会の様々な場面で求められるスキルであろう。もちろん研究内容の充実を図ることは最も重要である。それに加えて、第三者に論理的に説明するためのスキルを是非磨いて欲しい。
審査員D:
    動機・ねらいは明確ですか?先行研究の状況について理解していますか?この研究の新しい部分は端的にいうと何ですか?研究目的を具体的に設定できてますか?目的に対し、手段の選択は適当ですか?たくさんのことを言い過ぎて論旨が不明確になってませんか?論旨を明確にしようとするあまり話を単純化しすぎてませんか?設定した目的に、得られた結果は対応してますか?Future Workは具体的ですか?ごく当り前な指摘を列挙しましたが、これらに注意を向けていればもう少し違った印象になったのではないかと思われる発表が多々あったように感じます。
審査員E:
    研究の目的、過去の研究のレビュー、研究方法の説明は、質の高い発表が多く見受けられました。それに加えて、研究結果とその考察まで素晴らしくまとめられていた発表が、受賞につながっています。受賞した発表以外にも、今回の選には漏れたが、このまま研究を進めて良い結果を出せば受賞に値する発表になると期待できるものがいくつもありました。選考の主な評価点ではないものの、発表を聞いていて気になったことを一つ指摘しておきます。大多数の発表者は、自身の研究に直接関連する他の研究についてはよく調べ、自身の研究との共通点、相違点を正確に把握しています。一方、関連はあるものの物理パラメータがかなり異なる等の離れた領域の観点からの質問があると、答えに窮するというか、そもそも何を聞かれているのか理解できないケースが散見されました。自身の研究がどのような近似や仮定の上で行われているのか、それがどうして正当化されるのかを正しく理解していないためではないかと思います。自身の研究の範囲よりもう少し広い領域との関連まで意識すると、自身の研究に対するより良い客観性が持てるだけでなく、研究の将来の発展が期待できると思います。
●メダル受賞者への講評

栗田 怜
「Contribution of whistler-mode chorus to the loss of plasma sheet electrons: THEMIS observations」 (B006-P013)

    内部磁気圏に捕捉された電子はどのように消失していくのだろうか。この問題はディフューズ・オーロラがなぜ光るのかという問題に直結しており、現在も活発な論争が続いている。栗田氏は、THEMIS衛星が観測した電子の分布関数を統計的に解析し、幾つかの磁気モーメントについて磁気赤道面上にその分布を描いた。それは明らかな地方時依存性を示していた。続いて、電子のドリフト軌道を計算し、軌道に沿っての電子の大局的な減衰率を求めた。ホイッスラーモード・コーラス波によって電子が散乱されると仮定し、必要となる波の強度を推定したところ、経験的に得られた波の強度に匹敵するものであった。発表は論理的かつ明解であり、同時に斬新さを感じるものである。質問に対する答えは的確で、背景となる物理を良く理解していることが窺える。統計解析結果にエラーバーを付けることや、様々な出発点やピッチ角を持つ電子の軌道について計算結果を検討するなど、結果の有意性を定量的に示すことができたら更に良い内容になると思う。明確な将来計画を持ち合わせており、今後の研究の発展に大いに期待したい。
辻 裕司
「磁気嵐時の過遮蔽に伴うグローバルな電離圏電流の時間・空間発展について」(B006-26)
    本発表者は、中緯度電離圏において、対流電場に対し遮蔽電場が支配的となった状態(過遮蔽状態)での電離圏電流系の挙動を明らかにするため、磁気嵐時に赤道にジェット電流が生じた際のグローバルな空間構造・及び時間発展を、地上の磁力計観測網のデータを用いて調べた。緻密な解析によって、過遮蔽と電離圏擾乱ダイナモという2つのグローバルな物理過程の寄与分の分離に成功し、これらの電流系の持つ時定数を明らかにした。本研究の手法によって、地上の磁場計測から、内部磁気圏で生成される遮蔽電場、さらにはリングカレントの挙動が、より詳しく明らかにされていくことを期待する。
平井 真理子
「Particle acceleration during magnetic reconnection studied by PIC simulations」(B008-01)
    磁気リコネクションは、磁気エネルギーの開放過程として宇宙天体プラズマ環境で本質的な役割を果たしていると考えられるが、これと同時に宇宙でしばしば見られる非熱的な高エネルギー粒子を作り出す物理過程の一つとしても非常に重要であり、多くの研究者により活発な議論が行われている。平井氏は PICコードを用いた計算機実験により、磁気リコネクションによって非熱的な電子およびイオンが生成される過程を詳細に調べた。特に、電子加速に比べてこれまで十分ではなかったイオン加速に関して、伸張した拡散領域中でのメアンダリング運動、さらには磁場曲率および勾配ドリフトが非熱的イオンの生成に関与していることを初めて示した。平井氏のこれまでの衛星観測データ解析研究の結果と合わせ、磁気リコネクションに伴う粒子加速の全体像が明らかになることを期待したい。
井筒 智彦
「Evidence for plasma transport by kinetic Alfven waves at the magnetopause」(B006-42)
    磁気圏に太陽風イオンを輸送する機構として、double lobe reconnection、Kelvin-Helmholtz Instability、Kinetic Alfven wave (KAW)の3つが考えられている。発表者は、THEMISで得られた粒子分布関数を用いて、KAWによる拡散機構がプラズマの輸送に寄与している事実を世界で初めて観測的に示した。彼の解析は、数値計算を駆使してKAWによって輸送される場合の粒子分布関数を推定し、その上でプラズマ輸送に寄与すると考えられる上記3つの機構について期待できる粒子分布関数を説明したうえで、KAWによる拡散が観測事実に合うことを緻密に論拠しており、完成度の高い研究成果である。今後の発展が期待できる。

●優秀発表者への講評

原田 裕己
「かぐや衛星によって観測された電子速度分布関数における“gyro-loss”効果」(S001-08)

    「かぐや」で観測された non-gyrotropic な分布関数を持つ電子について、旋回運動中に月表面に衝突、吸収されるモデルによる計算と比較し、良く一致することを示した。一様な磁場のみを仮定したモデルと観測とが合致しない場合について、電場や局所磁場をモデルに入れると、観測と良く合うようになることを示した。モデル計算と観測結果の良い一致は、月周辺のリアルな磁場・電場環境を追求した努力の賜物といえる。また、研究の背景、手法、結果、将来の研究計画までが、一つのストーリーに沿ってきれいにまとめられていた。前回同氏がオーロラメダルを受賞した講演と、問題提起やアプローチの基本は同じであり、今回の講演はそれを発展させた内容である。前回から進展した研究内容に対し、優秀発表者に値すると評価した。
八重樫 あゆみ
「フリッカリングオーロラの時間空間変動とその発生機構」(B006-51)
    謎の多いフリッカリング・オーロラを観測的に解明しようという野心的な研究である。周波数8〜15 Hzで明滅するフリッカリング・オーロラの時間・空間分布を詳細に捉えることはこれまで難しかった。八重樫氏は高感度のEMCCDカメラを用いた観測キャンペーンに参加し、高品質のデータを取得した。得られた画像はこれまで知られているオーロラとは決定的に異質なものであり、迫力のあるものであった。中でも、パッチ状に加えてフリッカリング・オーロラの線状構造を発見したことは特筆に値する。二つの解析手法によってフリッカリング・オーロラのコヒーレンスが高いことを示し、複数の電磁イオンサイクロトロン波が干渉する角度によってパッチ状オーロラと線状オーロラが生じるという仮説を提唱した。発表の質は極めて高く、研究対象への深い理解とスキルの高さを裏付けるものである。同時に実施したというELF観測との比較を通して、フリッカリング・オーロラに対する理解を更に深めてもらいたい。
酒井 恒一
「プラズマ圏の密度構造shoulderを形成する過遮蔽の同定」(B006-35)
    本発表者は、IMAGE衛星のプラズマ圏EUV撮像で観測されるショルダー構造と、磁気圏における電場の過遮蔽状態(対流電場に対し遮蔽電場が支配的となる状態)の関係を明らかにするため、IMAGEでショルダー構造が観測された際の、地上の磁力計観測網のデータを調べ、過遮蔽状態の発生とショルダー構造の形成タイミングの一致を示した。また、地上の磁場データと撮像画像の比較解析等に、独自の工夫がみられた。今後さらに解析を進め、ショルダー構造の形成メカニズムの解明・モデル化に向かっていくことを期待する。
田中 諒
「次世代科学衛星搭載用広帯域3軸サーチコイルの開発」(B006-13)
    人工衛星に搭載する観測機器の性能の最適化は、衛星ミッションの成否にかかわる重要な課題である。本講演では、人工衛星搭載用サーチコイル磁力計のセンサーのコイルに「ひげ」構造を加えることにより、観測周波数の広帯域化を行い、更に実際に製造したセンサーを使って設計通りの実測データが得られたことが示されていた。将来の衛星によるプラズマ波動観測に大きく貢献する結果であると評価される。線の間の容量を積極的に利用するという説明しにくい原理を、機器開発に馴染みが無い人にもわかるように、一方で本質をそらさずに説明できていた。また、特定の周波数で性能が変化するという問題が残されていることを挙げた上で、その解決方針についても明確に述べていた点も評価できる。
津川 靖基
「Kaguyaで観測されたmonochromatic whistler waveの統計解析」(S001-P001)
    月の近傍で観測されるmonochromatic whistler wave は月の磁気異常と関連していることはこれまでに知られていたが、本研究ではKaguyaのデータを詳細に解析し、monochromatic waveの発生位置が月の磁気異常と関連あることを再確認したうえで、さらに発生機構を探った点が評価できる。すなわち、観測された波動特性と線形理論解析を組み合わせ、monochromatic waveは、地球のBow shock上流側に存在するwhistler-mode waveと同じく、加速されたイオンのビーム不安定によって生成されていることを示唆する結論を得た。本研究は、小さな磁気異常でもBow shockと同様の粒子供給の役割を果たすという興味ある事実を提供しており、月と太陽風の相互作用理解に向けて今後の発展が期待される。
北口 直
「かぐやLRS/WFCによる月の磁気異常帯上空の自然波動現象の空間分布解析」(S001-06)
    月の磁気異常帯上空にはミニ磁気圏が出来ていると考えられるが、その空間構造解明や太陽風とのレスポンス解析は非常に興味深い研究課題であり、今学会でも関連した多くの講演があった。その中でも北口氏は、かぐや衛星に搭載された自然波動観測装置WFCのデータを用いて、ミニ磁気圏上空の自然波動の詳細な空間分布解析を行った。波動のスペクトル強度と太陽風速度、太陽に対する磁気異常帯位置との相関など、さまざまな統計を駆使して、ミニ磁気圏の構造とダイナミクスの詳細を次々と明らかにしていった手法は見事である。またプレゼンテーションも非常に効果的であった(多くの先生方、見習うべし!)。若干、質疑応答がかみ合わない部分があったのは残念であるが、短時間でのやり取りのために意思疎通が制限されただけのことだと思われる。今後のさらなる研究発展に期待したい。

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