SGEPSS-地球電磁気・地球惑星圏学会
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2020年度 第2分野講評
審査員:
    大塚 雄一(名古屋大学、R005代表)、佐藤 毅彦(宇宙科学研究所、R009代表)、堤 雅基(極地研究所)、寺田 直樹(東北大学)、西野 真木(宇宙科学研究所)、野口 克行(奈良女子大学)、横山 竜宏(京都大学)

●総評

    ○セッションR005
      これまで大気圏・電離圏セッションでの学生発表は、ポスター発表が多く、口頭発表は少なかったが、今回は学会がオンラインで開催され、全発表が口頭発表になった。このためと思われるが、それぞれの所属研究室や個々でよく発表練習されていたと思われ、分かりやすい発表が多かった。研究の背景や位置付けについても良く理解されており、本人だけでなく研究室での取り組みの賜物とお見受けした。研究内容についても、研究テーマのために必要なデータ解析、実験、開発をしっかりとこなしていることが伺えた。発表によっては、新しい結果が得られてはいるものの、その考察や解釈が十分ではないものや、分野を開拓するような結果にまで至っていなかったものも見られたが、それぞれの研究のフェーズにも依るので、今後に期待したい。
    ○セッションR009
      惑星圏・小天体分野の受賞および優秀発表研究には、地上観測にもとづくものが1本、日本の探査機(あかつき)データにもとづくものが1本含まれている。分野の全21エントリにおける地上観測や国産データにもとづく研究の比率から妥当な数に見えるが、選考はデータ属性や研究対象のバランスに特段配慮せず、あくまでも発表クオリティにもとづき行った、その結果である。 Covid-19状況下でオンライン開催となった本年はポスターを廃し口頭発表のみとなったおかげで、ある意味すべて同じ土俵で競うことになった点で審査の公平性は高かったといえよう(ビデオを繰り返し視聴できる点もメリットがある)。全体的印象として発表のレベルが揃っており、極端に完成度の低い発表のなかったことは、発表者の努力と指導教員のサポートとを称えたい。その一方で、突出して秀逸というレベルには「もう一段(かそれ以上)踏み出す」必要を実感することも確かで、個々人の努力に帰すだけでなく分野全体で方策を練るべきなのは、昨年講評に引き続き残される課題である。 それとリンクして審査員が悩んだのは、そつなく整った研究発表と荒削りでも将来を感じさせる研究発表とをどう評価するかのバランスである。結果として前者が多くなってしまったが、後者をも奨励したいという気持ちをもちつつ協議した。将来に光る原石を見抜きそれを奨励するのが役目と承知しながらも、前者=整った研究にも多大な努力が注がれていることは無視し得ない。可能な限りの最善の審査を通じ、若者研究を奨励することで分野の振興を図りたい。

●メダル受賞者への講評(セッション記号順)

松嶋 諒
「Propagation characteristics of Sporadic-E and MSTIDs: Statistics using HF Doppler and GPS-TEC data」(R005-43)

    GPS-TEC で観測される中規模伝搬性電離圏擾乱(MSTID)の 結合過程に関する研究である。Es層は短波帯電波の伝搬に 及ぼす影響が大きく、その空間構造や移動速度の推定は 長年の懸案であった。本研究では、短波ドップラー観測を Es 層の伝搬速度推定に用いる新しい試みに挑戦している。 複数の短波ドップラー受信点を用いて算出した伝搬速度が、 MSTID の伝搬速度と良く一致することを示し、両者が強く結合していること、 理論から予測される結果と整合的であることを明らかにした。 解析を行う上での仮定や手法にやや未熟な点が見られたものの、 Es 層の伝搬速度という従来観測が困難であったパラメータの 観測可能性を示した点を高く評価した。
山ア 淳平
「H-IIAロケット打ち上げに伴う電離圏変動の解析」(R005-26)
    HF ドップラー観測及びGPS-TEC観測により、HIIA ロケット打ち上げに伴って発生したと考えられる電離圏変動を捉え、2つの異なる変動があることを確認した。波源から観測点が離れているため、観測された大気波動は複数の異なる伝搬パスを通ってきたと考えられるが、3ヶ所で観測された5MHz と8MHz の異なる周波数の受信電波を詳しく解析することにより、波動の伝搬方向を3次元的に決定することに成功した。さらに、音波のレイトレーシングを行い、4つの伝搬パスの可能性 があることを示し、 観測されたそれぞれの変動について音波の伝搬パスを決定することに成功した。データを丁寧に解析し、モデル計算と比較することにより観測結果を理解するところまで行っており、オーロラメダルとして十分に評価できる研究発表であると判断した。
宮本 明歩
「Intense zonal wind in the Martian mesosphere during the 2018 planet-encircling dust event observed by IR heterodyne spectroscopy」(R009-023)
    本研究は、火星において惑星規模のダストイベント(PEDE)が発生した時の大気循環変動の実態解明を目指し、風の直接観測を行うと共に数値モデルとの比較を行っている。これまでに行われていないPEDE時の高高度東西風の直接観測を行うという目標設定が明確である。PEDE時に東西風が強まったという観測結果は数値モデルと定性的には一致をしており、今後のさらなる観測によって定量的な解釈の強化を目指そうとしている。発表としても整っており、他分野の聴衆に配慮した聞き手を意識した発表であったと言える。

●優秀発表者への講評(セッション記号順)

田村 亮祐
「レーダーインバージョン法を用いた乱流強度推定法の開発」(R005-02)

    大気レーダーの観測では、3次元風速と大気乱流の両方の影響が混ざり合ったエコーが受信される。さらにレーダー固有のビーム幅などの影響もエコーには含まれる。本研究の共著者は、それらの影響を初めて理論的に定式化することに成功した。本研究では、その理論をもとにしてインバージョン法による大気乱流強度推定をMUレーダーの多ビーム観測に実応用したものである。最終的には、3次元風速と乱流強度を同時に従来法よりも精度よく推定することを目的とする。使用されている理論は決して理解の容易なものではないが、その内容をよく咀嚼し、実応用にあたって手法を簡便化するなどの工夫が見られる。本研究の発展として、多チャンネル受信データへの応用も予定されており、今後の研究の進展が楽しみである。
古元 泰地
「GAIAモデルとの結合に向けた赤道プラズマバブルシミュレーションの改良」(R005-31)
    赤道プラズマバブルを再現できる局所的な数値シミュレーションモデルを全経度域に拡張し、全球モデルとの結合に向けた開発を行っている。分極電場生成の物理プロセスを良く理解し、不等間隔座標を用いた数値モデルの開発を進めている様子が伺えた。今後、プラズマバブルの成長過程を本モデルで再現できるようになれば、長年の課題であるプラズマバブル発生の日々変化の理解につながる研究へ大きく発展することが期待される。
清水 淳史
「機械学習を用いたイオノグラムにおけるスプレッドF自動検出」(R005-035)
    イオノグラムに現れるスプレッドF は、電離圏擾乱の指標となるが、従来、スプレッドF の読み取り及びタイプの判別は手動で行われてきた。本研究では、 国内の4地点で運用されているVIPIR型イオノゾンデで得られたイオノグラムに対して機械学習によりスプレッドFの検出及び、レンジタイプと周波数帯タイプの2つのタイプに分けて識別することに高い精度で成功した。現在では、広く用いられている機械学習であるが、本人が手法をよく理解し、工夫していることが伺えた。また、判別に失敗している理由の考察もしており、高い評価を与えた。さらに学習に用いるイオノグラムの枚数を増やすことにより確度をあげ、リアルタイムでの判別に応用されることが期待される。
川合 航輝
「高緯度の大気光画像とあらせ衛星を用いた中規模伝搬性電離圏擾乱の複数 例解析」(R005-40)
    夜間の電離圏におけるプラズマ不安定により生成される中規模伝搬性電離圏擾乱(MSTID)は、磁気共役点において鏡像構造を持つことが知られている。しかし、 MSTID に伴う磁気圏における電磁場情報を捉えた観測報告はほとんど例がない。 本研究では、大気光イメージャー観測に、内部磁気圏衛星あらせで観測された磁気圏における電場データを組み合わせた解析を行った。今回の発表では、2例の同時観測データを用いて丁寧な解析を行い、予測されるプラズマ不安定に伴う電場・電子密度変動を衛星が捉えていることを明快に示した点が評価された。今後、事例解析数を増やすことでMSTID発生メカニズムの理解がさらに進むことが期待される。
鈴木 雄大
「水星の表面組成異常と外気圏組成分布の関係性」(R009-002)
    水星表面の金属元素分布と希薄大気の空間分布について水星探査機MESSENGERの観測データとモデル計算を組み合わせて調べた研究であり、今後のBepiColomboの観測と合わせて将来性を感じさせる点が評価できる。今後は先行研究に倣った予定調和的もしくは銅鉄主義的な研究にとどまらずに、より高い視座に立った挑戦的な研究へと発展していくことを期待したい。プレゼンに関しては、多様な競合プロセスが混在する系、観測データが断片的にしか得られていない系において、なぜそのプロセスが主要因であると結論づけるに至ったのか、論理的な説明が不足していると感じた。緯度方向のデータの取り扱い方、MgとCaの地表面分布を同一と仮定することの妥当性、各放出プロセスの定量的計算、放出物が単体ではない可能性など、より深い考察に基づく丁寧な説明があるほうが学会発表としてはよいのではないか。また、考察のプレゼンでは先行研究のアイデアと著者のアイデアの境目を明確に述べたほうがよい。
尾沼 日奈子
「金星の上層大気で観測された気温擾乱とAFES-Venusによる比較」(R009-016)
    過去の金星ミッションでは手薄であった赤道〜低緯度域の電波掩蔽観測が「あかつき」により得られ、そのデータを解析し温度擾乱を抽出し信頼性を丁寧に評価している。得られた温度擾乱を高分解能数値モデルの計算結果と比較し、熱潮汐波の重要性を示唆した。今後の発展が期待できる。
吉田 奈央
「Seasonal variation of dayside ionospheric compositions coupled with neutral upper atmosphere on Mars」(R009-032)
    本研究は、火星探査機による観測データを用いて、火星電離圏組成の季節変化と下部熱圏との結合、そして大気散逸までを視野に入れて実施されたものである。緯度・経度・高度に留まらず太陽天頂角や季節(Ls)、時刻など様々なパラメータに依存する観測データを丹念に解析している。研究の背景をはじめ発表自体はよくまとまっているものの、他分野の聴衆にも考慮したわかりやすい先行研究の紹介があればなお良かったであろう。従来の数値モデル等による予測とは異なる結果が得られており、ユニークな観測データセットを用いてさらなる研究の進展が期待される。
坂倉 孝太郎
「Molecular Ion Contribution to the Polar Plume from Mars and its Dependence on Solar Wind Parameters」(R009-034)
    この研究は、火星からのイオン散逸について、グローバルMHD計算と探査機MAVENのデータ解析によって調べたものです。CO2+のプリューム型散逸の原因が低高度への太陽風誘導電場の侵入であることを物理的考察によって明らかにしており、さらにO2+の散逸メカニズムとの違いを考察した点も高く評価できます。なお、火星からのイオン散逸が研究対象として重要である理由を最初に述べたほうがよいでしょう。トークの練習をしてよどみなく話せるようになれば、聞きやすいプレゼンになると思います。

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