火星探査衛星のぞみ搭載吸収セル付きライマンαフォトメータによる星間水素観測

*中川 広務[1], 福西 浩[1], 渡部 重十[2], 田口 真[3]
高橋 幸弘[1]

東北大学[1]
北海道大学[2]
国立極地研究所[3]

Observations of interstellar hydrogen Lyman alpha emission with the NOZOMI / UVS-P

*Hiromu Nakagawa[1] ,Hiroshi Fukunishi [1]
Shigeto Watanabe [2],Makoto Taguchi [3]
Yukihiro Takahashi [1]
Tohoku University[1]
Hokkaido University[2]
National Institute of Polar Research[3]

We have analyzed interplanetary Lyman alpha data obtained during a period from March 1999 to March 2000 by the Lyman alpha photometer with hydrogen and deuterium absorption cells (UVS-P) onboard the NOZOMI spacecraft on a Mars transfar orbit. Interplanetary Lyman alpha emissions are solar photons backscattered by hydrogen atoms in the interplanetary medium. We have operated UVS-P three times a week on a routine basis and have an all sky map of the hydrogen Lyman-alpha emission intensity using the one-year data. Furthermore, we have examined the absorption rate of the hydrogen absorption cell using the Doppler shift of Lyman alpha emission due to the spacecraft orbited motion. Such a Doppler spectral scan allows us to derive Lyman alpha line profiles.

我々の研究室では、日本初の火星探査衛星「のぞみ」に搭載されている紫外撮像分光計( Ultraviolet Imaging Spectrometer) UVSと呼ばれる装置の開発を行い、それを用いた観測を実施している。UVSは、115〜300 nmの波長の紫外光を回折格子により分光観測する回折格子型分光計(UVS-G)と、水素/重水素吸収セルを用いて水素/重水素ライマンα線(121.6 nm)を分離検出する吸収セル付ライマンαフォトメータ(UVS-P)の2つから構成されている。火星大気と太陽風との相互作用や火星電離圏・熱圏のダイナミクスを調べるために,UVS-Gの観測対象は火星水素コロナ,酸素コロナ,大気光,そして下層大気中のオゾンやダストである。UVS-Pは、火星大気の進化過程上重要な水の消失に関する謎を解明するため、水素と重水素の存在比(D / H)を測定し、水の散逸量を推定することを目的として掲げている。また、地球から火星に向かう遷移軌道上においては、星間風からの水素ライマンα光を観測している。星間風とは、局所星間雲から太陽圏内に侵入した中性の水素原子(星間水素)とヘリウム原子(星間ヘリウム)の流れである。この星間水素は太陽からのライマンα線(121.6 nm)を共鳴散乱するため、星間水素共鳴散乱光の強度を測定することは太陽や太陽圏の様々な物理過程を解明する重要な指標となる。強度は170〜700 Rで、この天球上の強度分布を知ることにより星間風の流れの方向や星間水素量を推定することができる。また星間水素共鳴散乱光は、火星コロナを観測する上でも正確に見積もっておかなければならない背景光となる。星間水素Lyman α散乱光観測は、約3日に1回、約3時間の観測時間で定常的に行われている。周期約8秒のスピン運動によるスキャンと衛星の動きを利用することで2次元の空間分布に関する情報を得る。これまでに、1999年3月2日から2000年3月14日までの約1年間に得られた星間水素観測データをもとにしてUVS-Pの性能検定を行ってきた。UVS-Gとのクロスチェックにより観測が正常に行われていることを確認し、また絶対強度や吸収セルのフィラメント切り替えによる光学的厚さ変化を見積もる解析を進めた。その結果、UVS-Pは火星のD / H 、コロナの温度や速度といった情報を決定するために設計された装置ではあるが、星間水素を観測した際にもその温度や速度といったパラメータの情報を取り出せるだけの性能があることがわかった。吸収率の変化を定量的に見積もるために、打ち上げ前のキャリブレーションで得られたセルの吸収プロファイルと、モデル計算から得られた散乱光の入射光プロファイルを用い、得られた結果を観測データと比較することによって見積もりの精度を議論する。地上におけるキャリブレーション結果[Taguchi et al., 2000]より、セルの吸収線幅は現在の観測モードにおいて約0.014Å、光学的厚さが10と求められる。一方、星間水素のドップラー幅は、モデル計算[Funabashi et al., 2000]から求めらえらた温度15000 Kより約0.064Åと求まる。ライマンアルファ入射光プロファイルは視線方向に沿って入射してくる星間水素原子の速度分布を反映する。黄道面上で観測する視線方向においては、入射光プロファイルとセルの吸収プロファイルとの間のドップラーシフトが一年のうちに約±0.18Å変化する。これは太陽の周りをまわる衛星の軌道運動(速度がおよそ25 km/s)によるものである。これによってセルの吸収率は約0.6〜1.0の間で変化する。本研究ではドップラーシフトを利用して星間水素のプロファイルを推定すると共に、ドップラーシフトによる吸収量を正確に見積もることをその目的とする。