2005年度 第1分野講評
審査員: 鳥居雅之(岡山理科大)・西田泰典(北海道大)
審査員は昨年と同じ審査基準に基づき審査した.その結果武本和広および山崎健一両君を学生賞受賞者に推薦することにした.以下講評を示す.

●総評

 昨年と比べて学生発表数がかなり増加し,審査のしがいがあった.また当然のこととはいえ,昨年からのテーマを引き続き行った研究には格段の進歩がみられた.準備段階や予察の段階にあり,あと一押しすると完成度の高い成果が得られそうな研究も多く見られたので,来年が楽しみである.プレゼンテーションについてはオーラル,ポスターを問わず,見やすい図やグラフが多く示された.シニアの会員は学生諸君の発表技術に見習うべき点が多くあることを知る必要があるのではないだろうか.

●メダル受賞者への講評

D21-01 武本和広
 インド亜大陸の衝突によってインドシナ半島が押し出されたとするテクトニクス(extrusion tectonics)は,東アジア全域の新生代テクトニクスを理解するための基本的モデルとなっている.しかし,グローバルなモデルとしては理解しやすくても,個々の地域で具体的にどのような変形が発展してきたのかについては,古地磁気学的手法による具体的なデータの積み重ねがまだまだ不足している.この研究ではインド亜大陸とインドシナ半島の間に位置するシャン-タイ地塊内部について,従来報告されている60°を超える大きな右回り回転運動を確かめるために,ラオス北部のポンサリ地域の下部白亜系の古地磁気学的研究を行った.詳細な熱消磁実験と傾動補正を行い,この地域は約15°の右回り回転運動しか被らなかったという新しい結論に達した.つまりシャン-タイ地塊内部の変形は一様でなく,単純なブロック・テクトニクスだけでは解釈できないことが示された.この研究は古地磁気学の基本を忠実に実行していて完成度が高く,さらに大きな問題を解決するための道筋を見出している点において期待されるところも大きい.よって学生賞にふさわしい発表であると評価した.

D22-03 山崎健一
 自然直交関数法をもとに,地磁気の広域変化を除去して局所的地磁気変化をより精密に抽出する研究を行った.その結果,観測点配置等が不均等な場合や観測点の移設があった場合でも,全磁力変化は実際の観測データを1 nT程度の精度で再現することが可能となった.この方法が確立すれば,地殻活動に伴う地磁気変化の抽出に多大な威力を発揮することが期待され地球物理学的な意義は大きい.このような研究は極めて重要であると一般に認識されながら,多少地味な研究分野に属している為か研究者の数は必ずしも多くない.若手の同君があえてそのようなテーマに取り組んだことも高く評価され,学生賞にふさわしい研究内容と評価された.

●他の発表者への講評
●口頭発表
D21-02 田中顕治
 インド亜大陸の衝突によるチベット高原の変形をさぐるために,東縁の八宿地域の中部ジュラ系の古地磁気学的研究を行った.詳細な熱消磁実験,得られたデータの統計的検定などによって初生磁化方向を示すことに成功した.しかし,その方向から古緯度を求めると4.3°Nという非常な低緯度が得られた.Besse & Courtillot (2002)の極と比較すると,この地域が約45°北上したことが推定される.インド亜大陸の前縁で形成されたジュラ紀の海底が45°北上したとするモデルは非常に興味深いが,その考えを支持する他のデータや傍証などによってさらに議論が深める必要があると考えられる.

D21-07 金枝敏克
 ジャワ原人の化石が出土することで注目されているジャワ島サンギラン地域の,海成-淡水成堆積物約220mの環境磁気学的研究を行った.とくに湖沼成堆積物について詳細な研究を行った結果,砕屑性起源のマグネタイト以外に,その場形成されたピロータイトを多く含む層を見出した.ピロータイトの出現は湖の化学的環境が大きく変わったことを示している可能性があり,磁気的な方法で当時の堆積環境についての重要な情報が得られることを示した.しかし,ピロータイトの同定方法は十分とはいえず,また淡水環境下でのピロータイトの自成についてはまだ研究例も少ないため理解が簡単でないなど問題も多い.興味深い地層群であり今後さらに研究が深められることを期待したい.

D21-12 堀 久美子
 MHDダイナモ計算から得られる計算結果を物理的に理解する目的で,キネマティックダイナモ問題において,生成される誘導起電力項が磁気レイノルズ数に対しどのように振る舞うのか調べた.ダイナモ問題の本質的理解に役立つ興味深い研究であり,今後の進展が多いに期待される.

D22-05 多田訓子
 観測船から海底地殻にケーブルを通じて人工電流を流し込む電磁探査法により,海底浅部の熱水循環系やガスハイドレートを探査するための解析手法を進歩させた.現時点では3-Dフォワード計算の段階であるが,将来的にはインバージョンコードの開発が見込まれており期待される.またフィールドでの実際の適応例を早く見たいものである.

D22-11 Nurhasan
 草津白根火山山頂部でのマグネトテルリック観測から比較的浅部の比抵抗構造を推定し,昨年の結果と加えて草津白根火山の比抵抗構造をほぼ確定した実績は評価される.今回の発表では,重力基盤や低周波地震レゾネーターと比抵抗分布との位置関係が提示されたが,その火山学的意味についてさらに研究が深化されることを期待する.

D22-13 市原 寛
 北海道弟子屈域(屈斜路,摩周カルデラ域でもある)で比抵抗構造解析を目的としたマグネトテルリック観測を多点で行った.また2-D解析結果と重力分布や地質構造と対比した定性的解釈がなされたが,そのプレゼンテーションの仕方には見るべきものがあった.最終的には3-D構造解析とその地学的解釈を目的としており,その結果に注目したい.

D22-16 長野雄大
 近年地震発生の場と比抵抗構造との関係が注目されている.このような時に同君が行った紀伊半島の低周波地震発生場における比抵抗構造探査は時期にかなっている.その結果,低周波地震発生域は流体の関与を思わせる低比抵抗域と重なっていることを見出しており,貴重な成果と考える.発表にもあったように解析精度にやや難があり,それを改善するべく追加観測がすでに行われているので,詳細な解析結果が待たれる.

●ポスター発表
A31-P016 宇都智史
 中国山陰地方で行われたプロジェクト研究であるマグネトテルリック観測に参加して重要な役割を担うと同時に,独自の問題意識から日本海拡大に伴うテクトニックな痕跡を探るべく膨大なデータを精力的に解析した.まだ目的に至るための構造解析は未完であるが,成果が出る事を期待したい.

A31-P020 本林 勉
 3年にものぼる長期海底電磁気観測データを用いて深海底下の比抵抗構造を推定したもので,貴重である.海溝から700 kmも離れた場所で海岸線効果が見込まれるのは驚きであり,その点を厳密に評価して深海底の比抵抗構造を精度よく決定することは極めて重要である.

A31-P023 兼崎弘憲
 昨年に引き続き,海底磁力計のデータを含めたデータをもとにspherical cap harmonics解析を行い,太平洋の特異な地磁気分布の詳細を明らかにする研究を行った.昨年の段階では解析手続きの上で問題点が指摘されていたが,今回の発表では改善されたように見える.ただ,研究を進めるための方法論がまだ若干すっきりしない面があるので,その点をはっきりさせ研究を完成させてもらいたい.同君の発表はかなりの人の注目を集めており,次回では決定的な結論がでることを期待する.

A31-P029 植原 稔
 昨年度はコンドリュールの室内実験による形成とその磁気的研究によって学生賞を受賞しているが,今年度はコンドライト隕石中のコンドリュールの磁化を,走査型MI磁気顕微鏡を開発することで測定できることを示した.開発した磁気顕微鏡は従来のSQUID素子を用いるのではなく,取り扱いがより楽な磁気インピーダンス(MI)素子を用い,コンドリュールの磁化が測定できるだけの感度と分解能をほぼ実現している.目的としている物質の磁化を測定するための装置の開発から取り組んでいること,しかもそれを確実に実現に近づけていることなど,極めて高い評価が与えられるべき研究であると考えられる.しかし,まだ結果が十分に得られている段階ではないので,成果が出そろうのを楽しみにして待ちたいと思う.

A31-P030 亀山敬輔
 重さ約3.7kgと2.0kgの隕鉄試料の残留磁化分布を,磁気異常と同様に1軸フラックスゲートによって測定し,結晶構造および外形との関係を理解しようと試みた研究である.試料を細分することなく行う測定で得られた表面での磁極の位置は,試料の外形(実は結晶構造と関係があるようだが)に支配されているように見える.たいへんユニークな研究とも思われたが,隕鉄の磁性研究をなにを目指して行っているのか,なにを知ろうとしているかなどがまだ十分に伝わってこなかった点が残念であった.

A31-P034 村上ふみ
 沖縄トラフ南西部の海底堆積物の岩石磁気学的研究であり,約14mのコア試料について詳細な結果が示された.深度4-5mが最終氷期の終わり頃であると酸素同位体比に基づいて推定され,その深度の上下で磁性に大きな変化が見られたことなど興味深かかった.しかし,岩相と磁性との対応関係などについてもっと踏み込んだ検討が必要とも思われる.これまで岩石磁気学的な研究の少ない海域であるので,今後の研究が発展することを期待したい.

A31-P035 川村紀子
 沖縄トラフおよび琉球海溝から採取した多数の表層堆積物を用いて,詳細な岩石磁気学的特性と,溶存酸素濃度や酸化還元電位などの化学的特性との比較を試みた新しいタイプの研究結果を発表した.極めて意欲的な研究と思われるが,この発表では化学的データと磁化率異方性や残留磁化などとの関係について,まだ十分に議論されるところまでには至っていないという印象を受けた.このような研究の必要性は多くの人によって認識されているが,実際に行われた例は決して多くない.堆積物の磁性を考える上では非常に重要なテーマであり,今後の発展を多いに期待したい.