出来事 ビルケランド東京で客死
大正6年(1917)6月15日
内容 第一次世界大戦中の大正6(1917)年6月15日、ノルウェーの科学者ビルケランド(K. Birkeland)が、東京上野の精養軒附属ホテルの客室で不慮の死を遂げるという事件が起きた。

ビルケランドは空気中の窒素から硝酸を合成することに成功した科学者であり、また、テレラヘルヅーフと呼ばれる金属球による地球の模型を作り、人工的にオーロラを作ることにも成功したことや、宇宙空間から地球に向かって流れ込む電流(ビルケランド電流)の存在を予言したことでも知られている。

戦争が始まってから精神的にやや不安定な状態にあったと言われるビルケランドは、妄想に取り付かれてアフリカやアジアをさまよった後、ついに東京で睡眠薬の多量服用の結果、急死してしまったのであった。享年五十歳であった。葬儀は、6月25日、麹町のドイツ教会堂にて行われた。

この事件については、昭和11(1936)年、寺田寅彦が「B教授の死」という随筆を書いており、寺田寅彦全集にも収録されている。

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